連休最後の日。

早めの夕ご飯を老夫婦2人で終えて、

銘々がそれぞれに時間を過ごす夕暮れ・・。

 

 

ottoは

YouTubeでアニメを見て居眠り。

 

わたしは

i-tunesで選曲&ダウンロード。

今回は

山下達郎とSia。

 

ottoが、こっくり椅子からずり落ちそうになっている・・

しかしわたしは何も声かけしない。

過去に別の場面で「うるさい」って怒鳴られたから。

知らんわ、好きにしたら。

特別な感情を持ち込まずに、

今この光景を客観的に見過ごしていく。

 

男は女より

心も体もどんどん頑なになっていく。

そんな男の悲しみにふと思いを馳せながら。

 

時に

こんな風に冷淡にやり過ごしていくことも

長年の夫婦間には必要なことなのか・・

 

と思ってみたり。

 

 

夫婦。

 

もう無理!って

ピリオドを打つことは他人だから可能なのだけど。

 

そんな状態を切り抜けながら

何十年も一緒に過ごすということは

わたし自身の今の修行だな。

 

もうすぐ結婚30年近くだわ。

 

 

台風一過の秋の涼しい空気が

なんとなくまともな内観を私にもたらしてくれている。

 

すごいな

台風の一風。

自然のチカラ。

 

 



 

触れて触れられて

会話の中で自然と湧き上がってくる言葉たち。

 

記憶のかけらがさらりと吐き出て、
自分でもびっくりしてしまうこともあるけれど。

 

きっとそれは、
そのことに関して、
もう自由になっていいよ、というメッセージなのかも知れない。

 

そんな時の驚きは、

嫌な感じではなく、

むしろホッとしたような、ふふっと笑みがこぼれるような、

そんなニュアンスだろうか。

 

 

 

 

去年出向いた熊本地震のボランティアで、

ある1人の高齢の女性にハンドトリートメントさせて頂く中、
その方は
満洲からの過酷な引き揚げ体験を
ふと自然に、ぽつりぽつりと長く話された。

 

トリートメントが終わって、

「こんなこと、今まで誰にも言ったことがなかったのにね〜。

なんで話したんだろうね〜」

 

と言われたそのお顔の表情は、

とても柔らかで、ちょっぴり安堵感のようなものすら

一方的ではあるけれど感じたので、

 

お聴きしたことは

あまりにも悲しい記憶の一片だったけれど、

今話されてよかったんだな。。と腑に落ちました。

 

ふと話されたことに、タッチの見えないパワーを感じずにはいられませんでした

 

 

人はこの世を去る前に、

押し込め溜め込んでいた様々な感情を昇華させながら、

準備をしていくのではないだろうか・・

そうして少しでも身軽な状態で、天に召されるのかもしれないなぁ・・

 

そんな想いがなんとなく確信めいていたものになった(勝手にね♪)、

おばあちゃんとのひとときは

 

今のお仕事にも繋がっているように思っています。

 

職場である整形外科でのリハビリには

たくさんの高齢者の方々が集っていらっしゃいます。

 

 

いつのまにか9月。

もうすぐお彼岸ですね。

 

 

 

 

昨日は 幸せな光景を目の当たりにしました^_^

 

 

 

 

 


分娩室の前には、
出産を待つご家族の方々。
どれくらいの時間、そこにいらっしゃったことでしょう。

そんな光景に新たな展開がやって来ました...

生まれたばかりの赤ちゃんが
助産師さんに抱っこされて、

ご家族に合間見え!
優しい笑顔に包まれて・・・・。

 

 

 

あぁ
なんて幸運!


偶然遭遇した、
とても静かでほわっとした瞬間。


同じお誕生日、
多分時間も同じ頃の私が、

今この世に出てきたあなたを、

祝福するあたたかなオーラを、

しっかり見届けましたよ。

なんだか不思議だなぁ〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 


中島みゆきの
「誕生」
この歌詞のサビの部分が

くるくるとローテーションしています。

 

 

 

 

 

 

 

 

Remember  生まれた時

誰でも  言われたはず

耳を済まして思い出して

最初に聞いた  Welcome

 

 

 

 


目の奥がジーンとして、
張り詰めていた糸が、ふるんと緩んだ感じ。

次元や時空を超えたような、
言葉にできない感覚が押し寄せた・・
今年のマイ・バースデイ。

 





 

 

 

 

今朝
出会った言葉。



東洋医学の教え


女性の一生
●二十代は美しく
●三十代は強く
●四十代は賢く
●五十代は豊かに
●六十代は健康に
●七十代はしなやかに
●八十代はつややかに
●九十代は愛らしく





そして
100歳は
いぶし銀のように

ですって。

美しい表現だな。
今を
精一杯生きたいね。

 

八月二十三日 

処暑 初候。

 

 

 

朝5時過ぎ

目覚めて窓を開ける。

 

もわ〜っと熱風に近い空気に

げんなり・・

嗚呼、関西の夏よ。

24時間(!)、高温多湿。最悪です。

一日の気温差のない生活は疲れます。。

 

 

今年は

全国的に酷暑のようですね。

関西のこの暑さが全国で猛威を振るっているとしたら、

もう・・

残暑お見舞い申し上げます!とご挨拶したい。

 

暑さに対処するために

体はかなり消耗するはずです。

しっかりケアしてあげましょうね。

 

 

体内に入れる栄養素はもちろん。

視覚からも脳内に癒しをあげましょう♪

 

 

::

 

 

 

西表島の海。

 

カメラは

時に思ってもみないギフトのショットをもたらしてくれます。

 

シンプルにシャッターを切って

あとで確認してみると、

いい感じのニュアンスの風景と出会うことがあります。

 

 

 

「さよなら夏の日・・」

 

そんな言葉がぴったりな風景。

 

 

 

 

そして

夏椿の花姿。

 

 

花の開花は6月だけれど。

白いお花は

涼しげな空気をもたらしてくれますね。

 

 

 

他、思いつくままに・・

どくだみ

クチナシ

百合

ギンバイカ

スイカヅラ・・

 

花姿を思い浮かべるだけで、

香りが漂ってくるようで。

涼やかな風が吹くようで。

 

 

イメージトレーニングで

夏のストレスケア?!(笑

 

 

ヴィタミンカラーでエネルギッシュな

夏のお花は、

 

夏疲れ気味なimano体には

ちょっと気後れするので。

 

 

処暑

 

季節は

暑さの峠を通り越したのですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

先へ先へと意識が向いている時、

今目の前にあることに鈍感でいざるを得ないときもある。

 

今目の前にあることに鈍感になっているというその事実に、


気がついていることは大切です。

 


海に身体を浸していると、
そんな気づきが
ふとやって来るかも知れません。

 

頭で感じるのではなく、

皮膚全体で感じとる感覚・・。

潮風と波の音に包まれた、
浄化の時間。






これは6月のカエデの種子の姿。

このなんとも表現しがたい紅色が大好き♡

 

 



お盆開け。
今日から
また日常に戻られた方も多いかな。

今朝の通勤電車では、サラリーマンがお土産のお菓子を下げての出勤のご様子。

8月に入った途端、
真夏の熱風の中に、ふっと秋の涼やかさを感じたけれど、
お盆が過ぎると、
風そのものも、空も
もうすぐそこまで秋が来ていることを
知らせてくれているね。



時間は静かに流れ、
四季は巡る。

同じ様に色づく楓も、
その年どしで違うだろうし、
それを見上げる人々も
日々変化し続けている。


そんな無常観が
ふと湧き上がってくるのも、
やはり
秋が近づいているからなのかも知れないな。

 


 

まだまだ暑い!!!

ビタミンとミネラル、酵素はしっかりと摂ってあげなきゃ・・です。

 

パッションフルーツは

大好きな夏の果物♪

 


盛夏。
汗をかきかき、辛すっぱいトムヤムラーメンで
乗り切ります!



c

これまで

ブログを書く場をお引越ししてきましたが、

古巣JUGEMに戻るべく準備中です♪

もうすぐ

すだちの季節がやってきますね・・

2017.8/5

KC4214110001.jpg

娘っこ、
高校三年生のスタート。
母のお弁当作りもスタートです。

子どもが高校までは私が作ろうと思っています。

行事のあるごとに、そして日々。
お弁当を作る生活が、かれこれ二十数年続いています。

いよいよこの一年で、その一応のピリオドが打たれることになりそうです。

「ゴールが無いと、おもろない」

先日の講演会で聴いた、中村文昭さんの言葉。


ほんとにね。
ゴール(おべんと作りの終わる日)が意識されると、
俄然、この一年のおべんと作りをどんなふうに楽しもう?って思ってる。

KC420852.jpg
今日のおべんと☆


昨夜の残り物とか冷凍ものの詰まったおべんとだけれど(笑)。
冷凍ものはなるべく安全なものをとか、
野菜ものは一品朝作るとか・・

私なりのこだわりはずっと大切に温めながら、
この時間を楽しみたいと思っています。

インプットした文昭さん語録、
こんなおべんと作りを通して、またアウトプットされました(笑)







 

河の土手が一面の菜の花で埋め尽くされる季節になったので、
お散歩に出かけました。

カメラの設定を前のままにして撮ったこの一枚は、
どこか遠い日に切り取ったようなノスタルジックな雰囲気です。

斜面でおじいちゃんやおばあちゃんが袋片手に^^。
たぶん、土筆採り。

斜面を下から上へ、なんとな〜く探していると、
にょっきり♪発見しましたよ。



おっと!
ヨモギの若芽もすぐそばに。
まだまだ少ないスギナと、土筆とヨモギをちょっぴり摘んで帰りました。






日当たりのいい土手で菜の花の写真を撮っていたら、

「今年は菜の花がほとんど無いですね」と、
背後から自転車を押したおじいちゃんが声を掛けてこられました。


土手一面、菜の花が素晴らしいロケーションだったそうなのですが、
菜の花の下でモグラが繁殖し、土壌が脆弱になって
水害に脆い地形になってしまうからと、
税金を使って除草したそうです。
もともと人の手で植えられた菜の花たち。
時代の変化の中で、どう運命づけられるか分からないものですね。



しゃがんでフカフカの土を踏みしめて、
土と草のムンムンする香りをく〜〜んと吸い込んで、
じっとぼんやりしていると、
空の高いところからヒバリのさえずり・・姿は見えねど。


3月11日。なんて穏やかな青空なんだろう。

小さな島国の日本のこの土地の下に、
星の数の人々が土に還り。
魂は昇天し。

歴史的に何度も何度も災害に見舞われ、
近しい命を奪われ生き残った者たちが、
やはり同じ場所で亡くなった魂に祈りを捧げながら、
自らの寿命を生きたことでしょう。

今、決定的に違うことは、

人間が作り出した放射能によって、
住む場所を追われ、慰霊し鎮魂する場すら近づくことを許されない状況が
生まれてしまったという事実。

「生き残ってしまった」という切実な思いを抱えたまま残された人々が
癒される場を奪われるということは、
どれほど酷いことだろうか。

突出した科学技術がもたらした大きすぎる傷を癒すだけの、
たっくさんの知恵と愛がこれからは必須なんだ。
(いつまた同じことを繰り返してしまうかもしれない「大きな力」が在るかぎり)


そんなことを想った。
青い空のもとで。